2021年10/30-11/2 伊豆大島巡検その1       27th Nov. 2021

有名な島内1周道路沿いの「大切断面露頭」の表面が削られて昨年秋から冬にリニューアルされたと 聞いて,訪れたいと思っていた伊豆大島を30数年ぶりくらいに訪れた.前回は1986年噴火のあとで,家族で訪れた.今回はいつもの巡検メンバーに加 えて,火山地質が専門のSさんにも同行いただき,専門的な説明も受けた.私としては1980年代の初めの初回から数えて3度めの渡島となった.その頃に比 べて,変わらないところもあれば,すっかり変わってしまった場所もある.
今回の巡検メンバーはいつもの先輩退職地学教員のB氏,附属高地学部OBで現在非常勤で高校地学を教えるS君,同じく実習助手のMさん,そしてB氏の知り 合いで火山地質が専門の退職教員Sさんが特別参加.火山堆積物の説明を現地でしていただいた.各自はそれぞれ東京と熱海から大島に午前の便で集合.岡田港 でレンタカーに合流した.

巡検第1日めは,各自の大きな荷物をそれぞれの宿に届けたあと,まず三原山に登ることにした.晴天のうちに山をみておきたいということだったが,結果的に 夜まで晴れた.筆者の私は夜宿舎から歩いて,海岸沿いの温泉まで行く道すがら,見事な夏から秋の星座と,久々に観る全天を横切る天の川に痺れた.

それでは巡 検第1日めの写真をどうぞ.なお,記述は参加メンバーのコメントにより将来改訂されます.またそのうち古い写真(1983年と1987年?,スライドに焼いている!)をスキャンして追加しようと思ってい る.ときどき覗きに来てください.

その2(2日め,島内一周道路ぞい,大切断面,トウシキなど)
その3(3日め&4日め,赤禿,C火口列,伊豆鉄道旅など)

参考文献は以下
Yamamoto(2017):Field guide of Izu-Oshima Volcano
山元・川辺(2014):伊豆大島2013年ラハールの堆積学的特徴 



久々にピーチに乗って上京.眼下に新島が見える.そして利島を経て,一番上に伊豆大島.
ほどなく成田着.ひさびさの飛行機旅でわくわくする.


せっかく成田に来たから,来年7月まで有効期限が残る「プライオリティカード」でラウンジへ.無料のビール1缶もらってすっかりごきげん.思えばこのカード2019年バンコクの空港で使って以来.この2年間の空白を強く感じる.
しかし遅い昼食は,空港内のマクドで済ます.それも持ち帰りにして空港のベンチで食べる.まだコロナはちょっと怖い.

その後暇なので浜松町の宿に荷物をあずけて,側にある浜離宮などに立ち寄るがそれはまたいずれ.夕刻,船の出る場所を確認に竹芝桟橋まで.くれなずむ中に明かりがきれいに灯る.
浜松町のホテルは駅から少し遠いが,税込みで4500円の値段の割にはまあまあだった.

近所のスーパーで買ったいつもの巡検飯.豪華にギネスを開ける. さて朝早いジェット船で無事に岡田港に到着.素晴らしい快晴.週間天気予報はこの日についてはよい方に外れた.ちなみにこの船の船体とエンジンは元々例のボーイングが作っているとか.


船を降りて,駐車場で7人乗りのレンタカーを受け取り,最初に向かったのは,岡田港から山越えで西に入り島の北面に面した野田浜.この場所には伊豆大島で一番古い岡田(Okata)火山の溶岩流が露出する.時代は更新世初めと考えられている. ご覧の中央より下の左下に傾いた赤(スコリアを多く含む)と灰色(溶 岩)の層を中央よりやや上で新しい火山堆積物が右下に傾いて覆っている.火山堆積物の間に見られる不整合である.上部の地層は3〜4万年前に,伊豆大島火 山が海底で活動を開始した,その直後のマグマ水蒸気爆発による火砕サージの堆積物だとされる(Yamamoto,2017).この時代を先カルデラ期と呼 んでいる.


古い方の岡田火山の溶岩流とスコリアの積み重なり.赤い色は空中における酸化の程度を示すという.
転石には,ルーペでかんらん石の斑晶が確認できるものがあった.古い岡田火山の玄武岩溶岩にはかんらん石がある程度含まれる.


堆積岩が専門のBさんは,やはり火砕サージの堆積物が気になる,「平行ラミナの発達する細粒タフ、中に小礫を含む、典型的なサージ堆積物ですね。」というB氏の談.
水の環境を示す,火山豆石が多く含まれている層があった.


さて,このあと,各自の大きな荷物をそれぞれの宿に一旦預けたあと,ま ず三原山を目指す.ここは外輪山の登山口にあたる,御神火茶屋からみた三原山の内輪山.1986年のあふれた溶岩流のあとがまだ,何条かに分かれて黒く見 えている.それでも86年噴火の直後に訪れたときからは,はるかに緑が増えた印象.
右が茶屋で,86年の噴火のときは,ここがごった返す報道陣の集う基地となった.


さてカルデラ底に降りて,遊歩道を内輪山の方に向かう.
途中,86年噴火の火口の位置などを火山地質図で確認する.


途中これより,特別地区の看板.岩石の採取禁止が目立つ.しかし我々がこれを見ているときに,自転車が2台猛スピードで横を駆け抜けて行った.自転車侵入禁止と書いてあるのだが.
遊歩道をしばらく行くと,パホイホイ溶岩の道標.1777-78安永溶岩とある.


ヤブの中に確かにそれらしい模様が見える.
つぎに86年の溶岩流の先端の表示があるので,眼の前の丘に登る.すすきがなかなかきれい.


溶岩流の上に登る.一筋の溶岩流に構造があることがわかるとSさんが教えてくれる.すなわち,流れの両端にふくらみがあって,溶岩堤防やlobeの形が辿れるという.なるほど.確かにそう見える.
これは前にも見たことのある.退避壕.どれほどの効果があるのかはわからないが.


続いて内輪山の上り口で,北方のB火口を探す.
手前の少し色が褪せたところがそうではないかと言ったのだが.実際はもっと右上方だったような.


さて内輪山に登って,少し南下する.
ここも看板の立っている場所.


agglutinateという産状.
まあ言われてみればそんな気がしますが.


さて中央火口の展望台まで登ってきました.
少し拡大するとこう見えますが.この火口一帯に溶岩湖ができたということですか.


さて内輪山の避難小屋まで戻ります.
ゴツゴツした溶岩塊がいたるところに.


さきほどの避難小屋を越えて内輪山の遊歩道脇にGPSの観測塔がある.
周りをクリンカーに囲まれて,きわめてマッシブな溶岩流の内部がよく見える.


遊歩道脇にひっそりとある三原神社

火口西展望所から下ってきた道がよくわかる.


さて宿に帰る前にもう一露頭.「大島観光ホテルの駐車場」の露頭.
S君が指し示すのは,838年に神津島から飛んできた,珪長質の白い火山灰層.周囲はカルデラ形成後の降下スコリア堆積物.「降下か否かという判断は,ラミナが発達せず,級化が見られるので降下でよい」というB氏の談.

さて,一旦御神火茶屋の近くまで戻り,元町に降りていく道での景色.眼下の元町港と秋の早い夕日.この島はすすきがとても多く残っている.
元町の街に降りる途中の開けた場所に,幾つか施設が建っている.2013年の台風に伴う豪雨により発生したラハール災害の場所に立つ慰霊碑.

この開けた場所は,かつて集落があった場所で,上流からのラハールにより被害を受けて,現在はこのようにモニュメントの公園になっている.噴火以外でも被害が出ていたことに大変驚く.参考文献は下記.
山元・川辺(2014):伊豆大島2013年ラハールの堆積学的特徴
さてこの日から宿は,元町の少し山手,デザイナーズ民宿みたいな広い部 屋.キッチンもあるが少し古い.これを一人で使うのはもったいない.1泊5500円.オーナーはとてもゆったりした応対のおばあさんとおじいさん.干渉さ れないのがとてもよい.いつものメンバーMさんは階上の部屋を予約.他のメンバーはそれぞれ別の宿をバラバラに宿泊.


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