バージェス頁岩サイトへの巡検
岡本義雄(大阪教育大学附属高等学校天王寺校舎)

1.はじめに
 一昨年の南アフリカに続いて,昨年夏にカナディアンロッキーの有名な地質サイトをまわりました.その中からもっとも印象に残ったバージェス頁岩のふるさ とを訪ねた巡検の報告を書きます.この一連の巡検は咋夏カナダのカルガリーで開かれた「国際地学教育カンファレンス」(GeoSciEd4)に付帯したも のでその案内は
It's a Wonderful Life:  a guided hike to the Burgess Shale
Date:  August 8, 2003 (pre-conference)
Leaders/Coordinator: Randle Robertson,Yoho-Burgess Shale Foundation
Attendance Limit per Trip: 34
Cost: $200, includes: travel, guidebook, lunch, snacks, supper
Depart: 7:00am,  Return: 10:30pm
Other: Long, moderate to difficult hike; see note.   というもの.

 カルガリーの大学寮前を早朝7時に大型バスで出発して,トランスカナダハイウエイに沿ってしばらく最終氷期に氷河の底であった平原を西に向けて走りま す.そこかしこにドラムリンやエスカーといった氷河地形が残されているのですが,バスの中で立ったまま説明をするYoho-Burgess Shale FoundationのガイドJhonの話は早すぎてなかなかついていけません.西に向かうバスはやがてフロントレンジからバンフに向かう回廊に入って行 きます.車窓の両側に展開するカナディアンロッキーの氷河に削られた荒々しい山肌が次々と現れ,時差ぼけの眠気も吹き飛び気持ちが高ぶっていきます.
 3時間近く走って,ハドソン湾側と太平洋側を隔てる分水嶺にあたるKicking Horse Riverから北にそれて,バス道では珍しいスイッチバックのところを抜け,Yoho国立公園に入ります.やがて水音がバスの中まで響いてきて,山肌の恐 ろしく高い崖の上からもうもうと水煙を上げる滝が見えてくるとこれがカナダで2番目に高いTakakkaw Falls.目的のバージェス頁岩露頭へはこの駐車場でバスを降り,往復20kmあまり.高低差800m弱のハードなハイキングが待っています.ここまで バス乗車だけでも3時間を優に越え.大阪から北アルプスに日帰りするような長距離巡検です.
カナダで2番目に高いといわれる高さ370mのTakakkaw滝.上 の氷河の雪解水を集めて一気に落ちる様は勇壮の一語.夏で水量が多かったのもラッキー.
世界から集まった巡検参加者.このときはまだ足取りも軽く出発しました が,−−.


2.バージェス頁岩の古生物学的意味
 釈迦に説教となりますが,バージェス頁岩の意味を再確認しておきます.カンブリア爆発直後の多様に誕生した多細胞動物群の化石産地として,最初に確認さ れた有名な産地.特に軟体部の保存に優れることが特筆される.同様の動物群は中国の澄江(チェンジェン),グリーンランドのシリウスパスなどに知られるだ けである.1909年このあたりに多産する三葉虫を調べていた米国地質調査所のWalcottは採集の帰り道で偶然このサイトを発見する.その後の彼の家 族ぐるみの発掘で6万点に上る化石のコレクションがスミソニアン博物館に持ち帰られた.しかしアマチュアあがりのWalcottの分類,記載は不十分で人 々に注目されることはなかった.1970年代以降,英国ケンブリッジ大学の三葉虫の専門家Harry Whittingtonと彼に指導された大学院生Conwey Moriss,Derek Briggsにより博物館の箱に眠っていた膨大なコレクションが再研究される.その成果を1990年にStefan J.Gouldが名著「Wanderful Life」で紹介.一躍アノマノカリス,ハルキゲニアなどこの奇妙奇天烈な動物群が脚光をあびることになる.不思議なことにWalcott Quarryと呼ばれる石切場はほんの数10mの長さの斜面上に切り開かれた人工的なテラスで,Walcottの発掘以来,何度かの拡張は行なわれている が,例の軟体部まで保存された化石はこの狭い場所にしかでないという.同じ層準はほぼ水平な地層なので追いかけることができるが,他の場所には豊富な化石 はでない.当時の石灰質のリーフの裾のやや深い限られた場所で浅い部分から動物を含む泥流が時に流れこんで素早く堆積し,還元状態で化石が偶然うまく保存 された結果と考えられている.

3.Walcott Querryへのハイク
 滝の駐車場からいきなり登高がはじまる.先頭を行くガイドのJhonのペースの速いこと.汗が吹き出した頃,傾斜が楽になり,小さな池の湖畔に到着.こ こで最初の休憩.さらに林間の道を行くとエメラルドレイクに降りる道との分岐に至る.ここからはガイドと一緒でないと入れない立ち入り制限区域.しかもこ の先目的の石切場に同時に入れるのは20人ほどに限られるとか.もちろん岩石類は一切採集が禁止(これは他の恐竜発掘サイトなどでも同じ.カナダは化石採 集には大変厳しい国である).ここからMt.Waptaの山麓をぐるりとトラバースするルートに入る.左に90度近い,頁岩と石灰岩の断崖.右手に見事な 氷河地形の絶景.U字谷や尾根筋の氷河から高い一筋の滝の落ちる典型的な圏谷を望む.落石が今にも落ちてきそうなのだが,みんな景色をカメラに収めるのに 夢中でなかなか崖下から脱出できない.そうこうするうちに道は難所を抜け樹林帯に再び入る.右下はるかに見事な色のエメラルドレイクが望めるテラスで遅い 昼食を取る.サンドイッチとジュースと果物,それに甘いケーキまでついたランチがこれからあとどの巡検でも昼の定食となった.

最初の休憩場所の湖畔.後ろに見える山がこれからトラバースする Mt.Wapta.
エメラルドレイクへ降りる道との分岐.制限区域を告げる看板とガイドの Jhon氏.信じられない体力で我々を導いた.

Mt.Wapta山麓のトラバースルートからの氷河地形.U字谷と細い 滝の落ちる圏谷,下部の崖錐が絶景.
エメラルドレイクを望むテラスで昼食.ガイドはこの間もレクチャーを続 ける.

 ガイドのJhon氏は食べるのも惜しんで,我々に地質のレクチャー.バスの中といい,途中の登るハイペースといい本当に疲れを知らないカナディアンであ る.早口の英語を聞きながら,どうしても足元の黒い頁岩が気になる.それがわかったのかJhonはこのあたりの頁岩は弱変成を受けていて化石はないよと嬉 しそうに話す.当時の石灰岩のリーフがそこかしこに点在して,化石が見つかるのはそのリーフのすぐ側で造山運動の圧力を石灰岩がつっかい棒の役割で逃がし てくれた幸運な場所の頁岩の中だけとか.そういえば砕屑岩は侵食に弱く,緩斜面を造り,山頂近くで高く聳えているのは大体灰色の石灰岩というのがこのロッ キー山脈のしきたりのように感じられた.面白いことにほとんどの石灰岩はスラストでそれより若い砕屑岩にのし上げている.時代が山麓と頂上で逆転している のも興味ある.
 さて,休憩もそこそこに再び出発.Querryは樹林帯を抜けると左遠方の尾根筋にぼんやり黒い筋に見えてくるがこれが遠い.さらにやっとついた Querryの直下からは一気に40度近い斜面をジグザグに登る道で,ここまですでに10km歩いたあとだけに本当に苦しい.ほとんど精魂尽きたと思うと き,やっと石切場のテラスに到着.汗を拭く間も惜しんで写真やビデオを取る.三葉虫はすぐに見つかる.もうみんな血眼で例の軟体部を持つ奇妙な生物群を探 している.老教授が1cmに満たない小さな三葉虫を見せてくれる.ときどき石切場の反対側に180度広がる素晴らしい景色にも目がいくがすぐに誰かの叫び や何やらで石の表面を探すことになる.
 そうこうするうちに,私がふと目を落とした頁岩の表面に何やら丸い模様.すぐにアノマノカリスの口の部分と直感.近所の人が集まってくる.うんこれは凄 いと誰かが持っていく.あとでちゃんと展示用の標本と一緒に展示してくれた.この展示用の標本は石切場の端にある赤い箱の中に鍵をかけて置いているよう で,みんなに見せたあと,Jhonが手にとっていちいち解説をしてくれた.このあとJhonのレクチャーがWalcottの石切場の崖をバックに始まる. オレンジ色の層準にもっとも重要な化石が入っているとかどこの部分をカナダ地質調査所が拡張したとかそんな話.聞き取りが難しく3割くらいしかわからない が,世界遺産登録もされた有名な場所に今自分は立っているという実感が初めて沸く.
 
Walcottの石切場に到着.斜面は40度近い.標高はすでに 2000mに達している.前 に聳えるのがMt.Wapta.
頁岩の表面に筆者が見つけたアノマノカリスの頑丈な口の部分.かつては くらげに分類されていたという.

 このようにしてあっと言う間の1時間が終わった.帰りは来た道をまた10km下りに下る.最後は膝が限界に近くなる.バスに乗ったのが7時頃,夕食が8 時.大学寮に帰りついたのは夜の10時を回っていた.しかしこんな巡検が可能なのも,夜も明るい高緯度のカナダの夏ならでは.化石や岩石,地質だけでな く,氷河の景色,美しい高山植物など,見どころは山ほどある.巡検初日にここに行ってしまったのであとの日の巡検が正直かすんでしまった.この他にこのカ ンファレンスの巡検ではアサバスカ氷河への登行と恐竜州立公園(Dinosaurs Provincial Park)の恐竜発掘現場が良かった.

4.バージェス頁岩巡検の案内
 我々の行ったTakakkaw Fallsから登るコースの他に,Emerald Lakeから登るルートもあるという.いずれもガイド,昼食付きで,下記のような案内がされている.ご参考に.
The Yoho-Burgess Shale FoundationのURLは http: //www.burgess-shale.bc.ca/
またガイド付きハイクはElevation gain: 760 metres or 2500 feet
  (from Takakkaw Falls trailhead)
Distance: 20 km (12 miles) round trip
Difficulty: Moderately difficult (10 hours).
Schedule: July 1 - September 15
Departure time: 8:00 a.m. Mountain Standard Time
Return time: 6:30 p.m. Mountain Standard Time (approximately)
Maximum group size: 15 hikers

Cost:
Adult: $65.00 + GST $4.55 = $69.55
Student: $35.00 + GST $2.45 = $37.45
Child(under 12): $25.00 + GST $1.75 = $26.75 と上記サイトに案内されている.

5.おわりに
 ロサンゼルス経由でカルガリー空港に着いたあと,カンファレンスのある大学に向かおうと1人で市バスに乗った.バスの運転手はわざわざ小銭の両替に連れ ていってくれた.アジア系のおばさんにコインの種類を教えてもらった.目の前の女性達は東欧系の言語で話し,頭にターバンを巻いたシーク教徒がたくさん乗 り込んできた.英語はほとんど聞こえなかった.私が重いバゲッジと格闘していたら,1人の男がそっと手を添えて荷台に上げるのを手伝ってくれた.一遍にカ ナダが好きになった.米国滞在中のぶっきらぼうな待遇と比較して,カナダ人のフレンドリーさばかりが印象に残った.
 また,夏のカナダは直行便のチケットが恐ろしく高く,私はUS(LA)までタイ航空の格安チケット+アラスカ航空にした(関空−カルガリーが往復13万 円).ロサンゼルス空港に着陸する直前にサンアンドレアス断層が右の窓の直下に見えた.早速写真に収めたがこれはラッキーだった.渡米される方には おすすめである.
 ここで紹介できなかった他の巡検等も含めて,下記の個人Webで詳細を公開しています.何かの折りにご覧ください.
http://www.cc.osaka-kyoiku.ac.jp/~yossi/2003_Canada.html