バージェス頁岩への巡検(8 Aug.2003) 2003.08/25-09/24

 巡検の初日から,あのアノマロカリスで有名なバージェス頁岩のサイトを尋ねます.世界の古生物研究者なら一度は尋ねてみたい垂涎のサイトへの巡検です. 朝7時大学寮玄関を出発,10時帰着予定というとんでもない強行軍の巡検です.しかしこの日は巡検初日で世界から集った人たちとも初対面ということもあ り,数日間の時差ぼけの睡眠不足も吹っ飛ぶ気合いの入りようでした.
 バスはCalgaryから西へバンフを抜けて,さらにカナディアンロッキーの雄大な山と谷の景色が続くTrans Canada Highwayを1時間ほど走り,Yoho国立公園に入ります.その山の一角にこの世界的に有名なカンブリア紀の化石サイトは眠っているのでした.

参考サイト:http://www.geo.ucalgary.ca/~macrae/Burgess_Shale/
http://www.burgess-shale.bc.ca/
 
デラックスなコーチの中は世界からの参加者が集っています.まずはThe Yoho-Burgess Shale FoundationのガイドJohn氏の解説をバスの中で聞く.最初とあってなかなか聞き取れず苦労.いえこの苦労は例によって最終日まで続くのですが,−−.窓の背景の奥に,冬季五輪の会場になったジャンプ台が見えています.カルガリー市の北にある丘陵にあります. 車窓には早くもカナディアンロッキーの荒々しい峰が続き初日から度肝を抜かれます.JetRagで着いて数日間睡眠不足だったのですが,この日は期待で胸がふくらみ眠気も吹っ飛んでいました.
ブリティッシュコロンビア州,Yoho国立公園内の,カナダで2番目に高いと言われるTakakaw Fallsの雄大な水煙を見ながらバスを降りました.ここからいよいよ往復20km,標高差700m超の登山の始まりです.
登 山道の入り口はトイレと目立たない看板があるだけで,ひっそりしています.どこかの国のように土産物屋が乱立する風景とは全く異なり驚きました.さすがは 観光先進国です.というかこの場所が一部の化石オタク以外にはあまり縁がないということでしょうか?一応世界遺産登録されているのですが.
最初からきつい登りの連続で,みんな息が切れています.しかしガイド氏のペースの速いこと.みんなついていくのに必死です.おまけにザックのペットボトルの水(2本渡されました)が重い.
最初のきつい登りを登ってしまうと少し道は水平になり,美しい池の畔にでました.ここで最初の休憩をとります.
三々五々,休憩をとる参加者.今回は30名超と参加者が多いので,2班に分かれて時間差で行動することに.私は遅い方の班に入りました.南アの研究者,オーストラリアのご夫婦,USAの退職した先生などが同じグループです.
さ て,休憩もそこそこにそこから少し歩くと,エメラルドレイクとの分かれ道に看板が立っていてClosed Areaとの表示が,つまりここからバージェスサイトまではガイドなしに立ち入れないという表示です.ガイド氏(看板の横の人)がそれでも無断立ち入りが あるので,モーションセンサーをどこかに仕掛けているという話をしていたように記憶するのですが,何せ英語ヒヤリングの能力が,−−−.
さてくだんの分岐を抜け山をぐるっと回ると,いきなりこのようなカナディアンロッキーの雄大な氷河やその氷食地形のおでましです.もうこれだけで感動のメーターが振り切れそうです.
ところが雄大な景色の反対側はこのような絶壁です.この崖下の狭い道を慎重にトラバースしていきます.立ち止まらないで!落石に当たる確率がが増えるからというガイド氏の言葉に何か背中が寒くなります.早々にこの場を切り抜けたい一心でした.
と は言ってもやはりこちらの景色も気になります.みんなおっかなびっくりでカメラやビデオを構えています.氷河の先端から水が滝になって流れ落ちているので す.いわゆる地理で習う懸谷というやつですね.下の方は崖錐に覆われて傾斜がゆるくなっている,典型的は氷食地形です.
左側はこのような崖錐と垂直な絶壁の連続です.自然の造形とは言えそのスケールの大きさと高さに驚くばかりです.私も長野県の北アルプスは何度か登ったのですが,やはりスケールがちがうように思いました.
エ メラルドレイクがきれいに見えるテラスで昼食をとりました.やっと一息です.でもまだ片道の行程の2/3ほどでしょうか?ランチは日本と異なりサンドイッ チと甘すぎるケーキとジュースです.私は結局一度もケーキを食べないままでした.コーラやドクターペッパーは仕方なく飲みましたが,−−.昼食の時間も惜 しんでガイド氏は我々に講義を続けます.
山 側にはこんな風に崖錐と垂直な絶壁が続いています.足元のスレートが気になるのですが,ガイド氏によると,化石サイトの裏に石灰岩のクリフ(カテドラル) が聳えていて,それから離れると頁岩は弱変成を受け足元のようなスレートとなり,化石は見られなくなるとのこと.なるほど昼食時に目を凝らしていたのです が,無いわけです.
樹林帯を抜けて山の斜面は少し緩やかになり,お花畑が姿を現します.目指すサイトはこの写真の真ん中の尾根の少し下のあたり,水平に黒い線が見えるあたりになります.
エメラルドレイクの見える場所に万年雪が残ってました.ピンク色に色づく原因を教えてくれたのですが,よく分りませんでした.エメラルドレイクの見事な色はwater flourによる光りの分散が原因だと言ってました.氷河が削る細かい岩石の破片がwater flourとして湖水に流れ込むと言っていました.左の岩峰がこのサイトの名の元になったMt.Burgessです.
さていよいよWalcott Quarryと呼ばれる世界遺産のサイトまであと一登りの場所まで来ました.右上の黒い線のあたりです.しかしこの最後のジグザグ登りがまたしんどかった!正面に見える峰はMt.Waptaというみたいです.
やっ と世界遺産サイト.アノマロカリスのふるさとに到着です.本当に久しぶりの苦行でした.傾斜が40度はあろうかという斜面の中に水平層を切り開いた部分が 1909年にWalcottが偶然発見したバージェス頁岩の本拠地です.数10mほどのこの狭いサイトから世界に冠たる大発見がなされたとは驚きです.
早速,みんな血眼になって化石を探しています.もちろん見つけても一切採集はできず,カメラに収まるだけなのですが,それでも自分で見つけてみたいという気持ちは一緒に言った大学の大先生も我々もまったく同じでした.
三葉虫はすぐに何人かが見つけました.しかし三葉虫にはあまり目をくれずに,例の奇妙な生物群をみんな必死で探しています.見つかるのでしょうか?
小さな5mmほどのルーペでしか見えない8ようなの字型の三葉虫をカナダの大学の先生が見つけて見せてくれました.目を持たない種類だと参考書にあります.ビデオの静止画像から取り込みました.左端に指先が見えているので小ささがわかると思います.手もとの図鑑ではPtychagnostus praecurrensというのに似ているようです. さあそろそろ色々見つかってきました.みんな結構これがそうだとか言い合っています.これは有名なマルレラの一部かな?
これは海綿動物の一種だったかな?
これも何か奇妙な丸い化石です.
dsc00001.jpg
これはシドネイアの腹の部分だったか.ここの化石は1cmから大きくても数cmまでのものが多く,一般に考えられているよりずっと小さいものがほとんどです.唯一の例外があとで出てくるアノマロカリスやこのシドネイアなどです.
この方々がバージェスファウンデーションの公認ガイドの方です.肩のワッペンが誇らし気です.ガイド付きでしかも20名程度の人数までしか見学させてもらえない場所です.
と いうところで私がちょっと凄いのを見つけました.すぐにアノマロカリスの口の部分だとわかりました.専門家がうん,これはなかなかナイスだとか言って持っ て行ってしまいました.ちなみにこれは最初くらげの仲間に分類され,右の写真の触角はエビだと思われていたのですね.ところがこの場所でその両者を併せ持 つ軟体部が発見されて,この生物が今まで見たこともない新種の生物だと分ったわけです. こ れが最初エビと間違えられていたアノマロカリスの触角です.マジックで囲んでいるのは実はすでにめぼしい化石はサンプルとして保管してあったものをここで 展示してくれていたのです.でも左の化石は断じて私が見つけたものです.でもこの触角と一緒にくだんの専門家に展示されてしまいました.きっと保管用の箱 に入れてくれるのかな?
あとこんなのや(Wiwaxiaというそうです). こんなのも展示してくれました.本物はどれも小さく分りにくいものです.それでも本物は本物です.しかも私の足元で採れたものばかりです.初日からこの体験は予想はしていましたが,予想をはるかに越えたものでした.
マルレラは,化石の個体数は一番多いそうです.ウオルコットはレース蟹と呼んでいたそうです.確かにレースのように優美な生物ですね.でも現実の化石は写真のように大変小さいものです.
これも小さいです.尾の部分の印象がわかるでしょうか?
Walcott Quarryに佇む筆者.Tシャツの背中の魂の字はひょっとして,−−.附属高校の諸君にはもう分ったかも知れませんね.今年の附高祭Tシャツはちゃんと 世界遺産のサイトを踏んできましたよ!というか,1909年Walcottファミリーが別の場所で採集した三葉虫の化石を運ぶ馬がここで足を滑らせ,化石 の箱が落ちて,片付けようとした足元に偶然,奇妙な生物群を見つけたといういわれのこのサイト.しかし6万点に及ぶここでのWalcottファミリーの収 集物は誰にも注目されずにスミソニアン博物館の棚に長く眠っていました.ところが1970年代にケンブリッジ大学のWhittingtonらのグループは その化石資料の再研究を始め,これが生物進化上大変貴重な生物群であることを再発見する.詳しくは授業で,−−. も う1枚,筆者の写真.左に見える赤い箱がくだんの展示用の化石を入れてある箱みたい.ちゃんと普段は鍵をかけているようです.それにしても頁岩の層理面が きれいにでてますよね.Walcott以来,何度かの拡張でQuarryもいまでは随分広くなりました.しかし肝心の化石に関してははオリジナルの Walcottが採集したスミソニアン博物館の標本箱のものが一番見事なそうです.詳しくはグールドの『ワンダフル・ライフ』早川書房,コンウエイモリス の『カンブリア紀の怪物たち』講談社現代新書.などを参考に.
このあと,中央のガイド氏の講義をみんなで聞きました.英語を繰り返して聞けるように説明は全部ビデオに収めました.秋に土曜講座で興味を持った生徒諸君とゆっくりテープおこしをしようと思っています.
Quarryの反対側はこんな感じ.カンブリア紀の古い地層なのに層理面がほぼ水平なのに驚きます.山はこんなに険しいのに−−.やはり日本とは造山運動の性格が少し異なるようです.
名 残を惜しみながら帰りの時間が気になりやっと出発です.Quarryの下は見事なお花畑でした.しかしそんなことも気づかないくらい我々は必死だったので す.ずっと遠方の谷間にハイウエイの一部が見れるのがわかるでしょうか?Walcottはこんな景色を毎日眺めながら家族と採集した化石を下の鉄道駅まで 運んだわけです. 頁岩のかけらが散らばる中に,こんな花や
こんな花が至る所に咲いています.
もうこんなに下ってしまいました.Quarryははるかに上の尾根の下の黒い線となっています.参勤交代の「まとい」に似た花が印象的です.
午前中に仰ぎ見た氷河をはるかに眺めながら,どんどん来た道を下ります. こんな奇妙な模様の岩もあり興味をそそるのですが,
こ ういう怖い岩場の下を通過するので,気が気ではありません.前を行くのは友人の日本の大学研究者N氏で私と大学寮で同室をshareしていました.彼とは この日の巡検で会話はすべて英語で通しました.やはり英語に慣れておく必要があると思ったからです.しかし他の人,特に日本からの参加者には奇異に写った でしょうねえ.
見上げる崖はこのとおり.ほとんど90度を越えているのではと思えてきます.U字谷の側壁の部分にあたる,こういったところの石灰岩(ドロマイト)は硬くこのように絶壁を作る場合が多いようです.
例の美しい池の畔を過ぎて,
やっとTakakaw Fallsを望む頃にはもう膝が笑い出して,景色どころではなくなって来ました.一緒だった班の連中もみんなばらけてしまってどこへ行ったかわからなくなってしまいました.
もう膝を取り巻く筋肉の痛さに限界を迎えた頃,ようやく入り口の看板にたどり着きました.あと5km長ければさすがに生徒とのサッカーで鍛えてきた私も根を上げていたと思います.カナダでは公共の表記は図のようにかならず英語とフランス語が並んで書かれています.
水煙を上げるTakakaw Falls.夏の氷河の融雪水が轟音を立てて凄い水量で落下しています.いわゆるこれも圏谷にかかる滝ですね.秋にはこのあたりは一面の雪景色になるのでしょうか?
帰 る途中のレストランで遅い夕食.ラザニアとサラダとパンでした.昼のようですがすでに8時を回っています.やっと例のN氏との会話も日本語に戻りました. 英語ばかりでちょっと疲れてしまいましたから.でもこの巡検を通じて,日本人とはできるだけ同席を避け,他の国の人と食事を共にするという原則を貫ぬこう と努力しました.まあそれほど会話が進んだわけではないのですが,やはり国際学会の雰囲気に早く慣れる必要があると考えたからです.
ちょっ と可愛らしい子を見つけたので,お父さんに許可を得て写真を撮らせてもらいました.口のまわりがジャムでべたべたなのが愛らしかったのです.このあとバン フを通り,大学に帰りついたのは10時を回っていました.でも高速道路の発達したカナダだからこそ成せる長距離巡検です.大阪から北アルプスに日帰り巡検 したようなものですから.

以上で,巡検初日のBurgess物語りは終わりです.最初にここに行ってしまったので,正直,これ以降の他の巡検が少し霞んでしまった面はあります.し かし最初で良かった.これが最終日(そういう選択もあった)だったら,きっと足と気力が持たなかったでしょう.この日作ってしまったかかとの靴ずれにこれ から先苦しめられることになります.

Copyright by Y.Okamoto, 2003